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「 新撰組屯所の跡地 」の史跡案内看板を設置 決定 
JUGEMテーマ:おでかけ・散歩
 
 こんにちは 函館元町ホテル 宿主 遠藤浩司と申します 

GWに間に合うように当 「函館元町ホテル」 前に 新撰組屯所跡地と表示した
 
 史跡案内の看板を 設置致します。
 
 この地で当時 土方歳三が箱館取締まりの任につき,ここに所在していた

  称名寺に新撰組屯所を開設したそうです。                                                
  新撰組の隊士が活動していた空気・雰囲気にいるだけで 嬉しい        

 もので〜す 



 函館市内のホテルは現在びっくりするような安売り合戦

 なっております。
           
 最終的には自分で自分の首をしめているような状態であります。
 
 知恵を使い他とは違う特色を図り差別化を図り努力をしていかないと・・・(>_<) 

 毎年地元ホテルの廃業に歯止めがかからない状況であります。
 
 
 
 当ホテルの300メートル下には「ペリーの上陸地」 があります 

 現在ホテルの立地している場所は 明治12年の大火まで「称名寺」であったことから,

 フランス・イギリスの領事館を兼ね 「新撰組屯所の跡地」 又 その前に当時の奉行の

 一人村垣の「村垣日記」には同僚の箱館奉行・ 堀織部正が 宿舎としていたために

 よく  酒を酌み交わしていたそうであります。
 
 また村垣淡路ノ守と言えば 1860年 ペリーが函館上陸時に乗船してきたあのポーハタン号に

 乗船し 日米通商条約の批准の為 ワシントンまで行ったあの村垣さんです。
 
 ちなみに村垣淡路ノ守が乗船したポーハタン号と護衛の為一緒にアメリカに同行したのが近郊の
 
 木古内町 沖で沈んだあの有名な「咸臨丸」なのです。 

 その時に勝海舟・福沢諭吉なども咸臨丸に乗船したそうで〜歴史は繋がりますよね〜
  
 
 又又ちなみに淡路ノ守の後の奉行・函館医学所などを開設した栗本鋤雲もおそらく〜

 ここで(元町ホテル) カションと 酒を〜いやワイン飲み交わしていたに

 ちがいありません・・・あのカションですから
  ※(メルメ・デ・カション〜函館カトリック教会の宣教師/通訳としてフランスと日本のかけ橋的な役割
                                 日本人の妻もおり栗本とは仲良しで〜又栗本の仲良しの小栗公を紹介)
 
 二人は たいへん仲良しになり 互いの母国語を教えあったことで親交を深め,その後江戸に

 戻ってから 「勘定奉行 小栗忠順」に 繋ぐ事ができ, とんとん拍子でフランスの援助により

 横須賀に造船所の開業に 至りその後 東郷平八郎総司令官がバルチック艦隊を破り

 日露戦争に勝利できた事に東郷平八郎が わさわざ 小栗忠順さんの群馬におった子孫に

 お礼をしたと有名な話に,ここでも繋がるのですから, 最後の勘定奉行・誇り高い幕臣 

 「小栗上野介忠順」ファンの私にとっては偶然とはいえ  函館のこの地  「函館元町

 ホテル」が 立地している この地に誇りを 持つようになりました。
 
 長い お話ですいません・・・という事で函館旅行の機会がありましたら,ぜひこの地に

 足を運んでください・・・ 


 函館元町ホテル   http://www.hakodate-motomachihotel.com
  
 
| お薦めの散策コース | 19:38 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
へ〜 そうなんだ 
| いか太郎 | 2010/04/19 9:25 AM |
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